大判例

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東京高等裁判所 昭和29年(う)2018号 判決 1956年7月16日

控訴人 原審検察官 田中万一

被告人 松本三益

検察官 鯉沼昌三

主文

原判決を破棄する。

被告人を免訴する。

理由

本件控訴の趣意及びこれに対する答弁の要旨は、東京地方検察庁検事正代理検事田中万一作成名義の控訴趣意書並びに被告人提出及びその弁護人青柳盛雄外二十三名共同提出の各答弁書に記載してあるとおりであるから、これをここに引用する。

よつて次のとおり考察する。

原判決は、要するに、被告人に対する団体等規正令第十条による法務総裁の本件出頭要求は、行政調査権の行使に名を藉り、本来犯罪捜査機関ですら強制捜査権を行使し得ない事案につき敢てこれが強制権を乱用発動したものにかかり、被告人がこれに応じなかつたからといつて、不出頭罪により逮捕してこれを刑罰に処することは、憲法第三十一条、第三十三条に違反し、到底容認し得ないところであるから、被告人の本件不出頭の所為は、罪とならないものというべく、従つて被告人は無罪であるというに在るものと解せられる。

よつてその是非を考察するのに、昭和二十年勅令第五百四十二号が、わが国の無条件降伏に伴う連合国の占領管理に基いて制定されたもので、これが占領期間中憲法外において法的効力を有していたことは、最高裁判所が判例(昭和二十四年(れ)第六八五号同二十八年四月八日言渡大法廷判決-最高裁判所判例集第七巻第四号七七五頁以下-参照)とするところであり、従つて、これが勅令に基き制定されたいわゆるポツダム命令たる団体等規正令(昭和二十四年政令第六十四号)も少くとも右占領期間中は、憲法の規定にかかわらずその内容の全面に亘り有効であつたことはいうまでもない。而して、わが国は、昭和二十七年四月二十八日平和条約発効と同時に独立国家として完全な主権を恢復するに至つたわけであるがその際右政令は、昭和二十七年法律第八十一号「ポツダム宣言の受諾に伴い発する命令に関する件の廃止に関する法律」によつて百八十日間にかぎり法律と同一の効力を有するものとされ、昭和二十七年七月二十一日破壊活動防止法施行と同時に同法の附則第二項によつて廃止され、同時に同法附則第三項によつて「同法の施行前になした行為に対する団体等規正令の罰則の適用についてはなお従前の例による」旨の定めが為されて今日に至つている。

しかしながら、右政令は、前述の如く、もともと連合国占領中、特殊の事情により憲法外において法的効力を有したものなのであるから、わが国が、右平和条約により完全な主権ないしは裁判権を恢復し、憲法がその効力を完全に発揮することとなつたについては、改めて右政令の法的効力が検討されなければならない筋合であるが、この点については、すでに、最高裁判所が、その判決(昭和二十七年(あ)第二八六八号同二十八年七月二十二日大法廷判決-最高裁判所判例集第七巻第七号一五六二頁以下)で昭和二十五年政令第三百二十五号占領目的阻害行為処罰令の平和条約発効後における法的効力について判断したところとその趣旨結論を異にすべきいわれなきをもつて、これに従うべきところ、当裁判所は、団体等規正令が、平和条約発効と同時に当然その全面に亘り無効となつたとの論はこれを採らないが、苟くも、同政令の内容においてわが国憲法の規定に違背するものがあるにおいては、その部分に関するかぎり、同政令は平和条約発効と同時に当然効力を失つたものというべきをもつて、右判例の趣旨とするところによつても明らかなように、たとえ、前示法律により廃止の規定が為されると同時に同法律の施行前にした団体等規正令の罰則の適用については、なお従前の例によるとの定めをしても、それはすでに、憲法違反の故をもつて失効した法規違反の行為に対する罰則を更に事後において復活させて過去の行為に遡及適用せしめることとなり、憲法第三十九条が趣旨とする事後立法の禁止または刑罰不遡及の原則に反し当然無効と言わざるを得ない。

本件公訴事実は、

被告人は、昭和二十五年七月三日法務総裁から団体等規正令第十条の規定により同月四日午前十時に、若し不能の節はできる限り速やかに東京都千代田区霞ケ関所在の法務府特別審査局に出頭すべき旨を要求され、同月八日頃までには右出頭要求のなされたことを了知したのに拘らず、その頃右の出頭要求に応じなかつたものである、

と言い、これに適用すべき罰条として「昭和二十四年政令第六十四号団体等規正令第十条第一項、第三項、第十三条第三号昭和二十七年法律第八十一号破壞活動防止法附則第二項、第三項」を挙げている。

そこで、右公訴事実につき、その要求する犯罪の成立が認められるや否やの判断をするについては、前段説明するところに照らし、当然、先ず、右に挙げている団体等規正令にかかる出頭要求に関する罰則規定が、果してわが国の憲法の条規に適合するものなりや否やの検討を遂げざるを得ないことになるわけであるから、この点について以下職権をもつて考察する。

右政令第十条第一項、第三項について見るのに、同条第一項には、この政令の条項が遵守されているかどうかを確かめるため必要な調査を行うものとするとあつて、同条第三項は、これが調査のため必要である場合、法務総裁又は都道府県知事に関係者の出頭要求権を認めているのであるが、その調査の対象となつている事項を同政令の各条項について具さに検討して見るのに、同政令第九条の規定事項を除いては、専ら、同政令第十三条の規定によつて処罰の対象となつている同政令第二条、第三条、第六条及び第十二条によつてそれぞれ禁止ないしは命令されている事項に関する違反事実の有無の究明に存することが明白である。なるほど同政令第四条、第五条では団体の解散措置に関する一連の定めをしているが、これはただ、右第二条の規定に違反した事実や第六条違反の事実が究明された後の事後処分に関する規定たるにすぎず、第十条に規定された法務総裁による調査の対象が、同政令所定の犯罪事実の有無の究明に存することは、同条第一項の明示するところと同政令各条項の体裁内容とに徴し到底これを否定することはできない。されば、法務総裁又は都道府県知事による右調査は、その名において行政調査権の行使の如く見えて、その実質においては犯罪捜査権の行使にほかならないものと言わざるを得ない。

凡そ、犯罪に関し国法の定めた事由あるかぎり、犯罪者の刑事責任を追及するため国家権力をもつて強制的措置をとり得ることはもとより当然ではあるが、犯罪の嫌疑あることを前提として進められる刑事手続においては、訴追のため国家権力を代表してこれを捜査追求する者とこれが対象者との間の強者対弱者の関係を生じ、前者の活動は、ともすれば後者の基本的人権を脅かす虞のあるものであることは、事理経験の明らかに教えるところである。さればこそ憲法は、これを慮り、特にその第三十一条ないし第四十条において被疑者、被告人等の保護について特別の規定を置いているのであるが、国はこれら憲法の規定を母体として特に刑事訴訟法を設定して、刑事責任追及に関する手続を厳密に規定し、もつて、とかく右対立関係から生ずべき個人の基本的人権の侵害あることなきを期しているのである。

憲法第三十三条は、現行犯の場合を除いて裁判官の令状なくしては被疑者を逮捕できない旨を規定し、刑事訴訟法は、その要請に応えて現行犯の場合に処すベき自由拘束に関する一連の規定を設けると共に、被疑者の逮捕、勾引、勾留につき、苟くも人権の保護に欠くることなきよう各般の厳格な規定を置き、同法第百九十八条第一項では捜査機関において犯罪捜査のため被疑者の出額を求め得る旨を定める一方、被疑者は逮捕又は勾留されている場合を除き、その出頭の要求を拒否し得る旨を定め、もつて被疑者の人権擁護に微塵も欠くることなきを保障しているのであるが、この被疑者の出頭拒否権が認められてこそ始めて、何人も裁判官の発する令状によらなければ逮捕されることのない右憲法上の権利はその十全なるを期し得るのであつて、被疑者に右拒否権を認めることは、憲法第三十三条の法意にも照らし、憲法第三十一条の要請に応えて設定された刑事訴訟法当然の使命でもあるのであるから、事苟くも、犯罪の嫌疑で刑事責任を追及する上においては、右被疑者の出頭拒否権は、憲法第三十一条、第三十三条により保障された権利であると言わなければならない。されば、原審が、「犯罪容疑者に対し、出頭を要求し、これに応じないとき刑罰に処することは、憲法第三十三条及び第三十一条を母体とする犯罪捜査に関する現行法体系において容認し得ないのである。すなわち、犯罪容疑者の自由剥奪は、刑事訴訟法の明定する逮捕、勾引、勾留に限定され、犯罪捜査機関が逮捕、勾引、勾留の方法によらないで、被疑者の出頭を求め、これに応じない場合に、その故をもつて刑罰に処する如き自由拘束は許されない」旨判断しているのはまことに正当である。

果して然らば、専ら行政調査のために関係人の出頭を要求し、その要求に応ぜざるときはその者を刑罰に処するものとして、間接にその要求を強制することは、これを容認し得るものがあるとは言えるにしても、当該法規上、その名において行政調査のための出頭要求の如く見えて、実は、専らその要求を受けた者の犯罪事実の有無の究明のためにする出頭要求であるにもかかわらず、これが要求に応じない故をもつて刑罰に処するが如きは、到底これを容認し得ないところである。すなわち若しこれを認めるにおいては、捜査機関は、何時でも、単なるこれが不出頭罪の令状によつてその者を逮捕し、ひいては本来の被疑事実について強制捜査を為し得ることとなり、その実質において、恰も本来の被疑事実について、いまだ、裁判官の令状を求めるに足りる犯罪の証拠なきにかかわらずこれが事実につき、令状なくして逮捕したると同様の結果を招来するに帰し、斯くては、刑事訴訟法第百九十八条ないしはその母体たる憲法第三十三条、第三十一条の保障する被疑者の出頭拒否の権利は全く有名無実となり終り、その違憲たるやまことに明らかである。

団体等規正令第十条第三項は、法務総裁又は都道府県知事に関係者の出頭要求を認めているのであるが、その要求目的たる調査の内容が、その実同政令第九条の規定する事項を除き、専ら同政令所定の犯罪事実の有無の究明に存することは、すでに前段において説述したとおりであるが、同政令はその第十三条第三号により右出頭要求に応じない者につき十年以下の懲役又は禁錮若しくは七万五千円以下の罰金に処する旨を定め、右不出頭罪の所為につき重刑をもつて望んでいるのである。この罰則規定が、出頭要求の調査目的において、専らその要求された者の同政令所定の犯罪事実の有無の究明に関するものであるかぎり、違憲たることは上来縷々叙述したところにより自づから明白である。されば、少くとも、この点に関するかぎりは、右不出頭罪についての罰則規定は、前示冐頭説明の如く、平和条約発効と同時に違憲無効となり、爾後これが規定を根拠として処罰することは到底認容できないところであるから、破壊活動防止法附則第三項の規定にかかわらず、犯罪後の法令により刑の廃止があつた場合に該当するものと言わざるを得ない。

本件公訴事実は、被告人につき右不出頭罪の成立ありとして刑罰権の確定を求めているわけであるが、被告人に対する本件出頭要求にかかる調査の目的が、被告人の右政令第二条第七号、第三条違反の罪(暴力主義的行為の禁止に反する罪)及び第六条第二号違反の罪(政治団体の届出をしない罪)等の専ら被告人の犯罪事実の有無の究明のためのものであつたことは、原審も認定しているとおり本件記録ないしは証拠によりまことに明白であるから、本件公訴事実については、被告人は、刑事訴訟法第四百四条、第三百三十七条第二号により免訴されて然るべきものと言わなければならない。果して然らば、原審は、以上説述の如く、団体等規正令第十三条第三号の規定につき違憲無効な場合あることの前提に立たず、前示冐頭記載のような理由により、被告人を無罪としたことは、とりもなおさず、判決に影響を及ぼすことの明らかな法令適用の誤を冐したものというのほかなく、原判決は、所論の各論点につき特段の判断を施すまでもなく、この点においてその破棄を免がれない。

よつて、刑事訴訟法第三百九十二条第二項、第三百八十条、第三百九十七条第一項に則り原判決を破棄し、同法第四百条但し書の規定により被告事件について更に判決をするのに、同法第四百四条、第三百三十七条第二号の規定に従い主文のとおり判決をする。

(裁判長判事 三宅富士郎 判事 河原徳治 判事 遠藤吉彦)

控訴趣意

原判決は、本件公訴事実につき「被告人が出頭に応じないからといつてこれに対し刑罰に処することは憲法第三十三条、第三十一条の規定に照し容認し得ないところであり、畢竟本件は罪とならないもの」として無罪の言渡を為した。原判決の理由とするところは必ずしも前後一貫せず論旨明瞭でない部分も多いが、原判決にはその根本に於て重大な事実の誤認があり、引いては団体等規正令の適用を誤り且憲法の解釈を誤つたものであつて、当然有罪の認定を受くべき事実につき無罪と判断した失当あり、破棄を免れないものである。

第一原判決には重大な事実の誤認がある。すなわち原判決はその理由中に(本件出頭要求に至るまでの経過)と題して説明しているがその認定事実並に被告人が出頭に応じなかつた事実についてはすべて検察官立証の通りを肯認しながら本件出頭要求の目的に関してはこれが明かに行政上の調査目的であつたにかかわらず、犯罪捜査目的であつたと誤認し、その説明として「証人吉橋敏雄の供述によれば、本来の捜査機関である国家地方警察本部及び東京警視庁は特別審査局(以下特審局と略称する)に入手された前記情報に関連する情報を自ら入手しており、且情報活動の上で特審局と常時密接な連繋を有していたにも拘らず、自らその捜査権を発動せず却つて右犯罪事実について公訴提起を為すに足る証拠を蒐集して検察官に対し告発手続をとる段階に至るまでは、その犯罪事実の有無を調査を究明する第一次的責任を特審局において負担し、その間本来の捜査機関に於ては捜査権を行使しなかつたことが認められる。又前記家族及び同居人等に対する出頭要求が被告人等の本件容疑事実に関する証拠隠滅を防止するためのものであつたことも同証人及び証人吉河光貞の当公廷に於ける供述によつて認められるところである。かくの如く右調査権の行使はその実質に於て被疑者に対する犯罪捜査のためにする捜査権の行使となんら変るところがないものというべきである。従つて被告人に対する本件出頭要求は実質的には被疑者に対する犯罪捜査のためにするものであつたといわなければならない」としている。然しながら本件出頭要求の目的は特審局が団体等規正令の励行確保のために行政上の調査目的でなした措置であつて、これを犯罪捜査目的と認めた原判決は全く独断的思考経過により重大な事実誤認を犯したものである。すなわち原判決が本件出頭要求を行政目的に非ずして捜査目的と判断した理由を推測するに、(イ) 本来の捜査機関が関連情報を入手し且特審局と密接な連繋を有するのに捜査権を発動せず、(ロ) 特審局が犯罪事実の有無の調査究明の責任を第一次的に負担し、(ハ) 証拠隠滅防止のため家人等にも出頭を求めた、となし、なお、(ニ) 本件調査の結果予想さるべき解散措置については仮定的非現実的なものであるのみならず、本来地下非合法組織に対し解散措置をとることは多くその効果を期待し得ない、(ホ) 団体等規正令第三条違反事実については行政措置は存在しない、となし、これは実質的には犯罪捜査と変らないと断じたものと考えられる。然しながら、特審局が犯罪事実の有無の調査究明の「第一次責任」を負担した事実なく、本来の捜査権の発動とは全く無関係であつて証拠隠滅防止の措置あるの故を以て行政調査が犯罪捜査となる筋合はなく又地下組織解散無意味論も暴論であり団体等規正令第三条に行政措置が存在しないとなすのも誤解である。先ず証拠によりこれを検討すれば本件出頭要求の目的に関する証拠資料は証人吉河光貞、同吉橋敏雄の供述であるが、右両証人の各証言には原判決の認定に符合する点は聊かもこれを認めることができないのである。裁判長は吉河証人の尋問の半以降、同証人並に吉橋証人に対し執拗に司法(捜査)目的調査論を以て強引な尋問を反覆しているがその余りの偏見的質問に、証言の一部に明瞭を欠く表現も生じているものの、両証人の供述の骨子は常に一貫して本件出頭要求があくまでも行政目的であつたことを強調していることはその全証言を通じ何人も肯認し得るところであろう。原判決は恰も本来の捜査機関が捜査に着手しないことと、特審局の行政調査とを関連あるものの如く結びつけて「特審局が、捜査機関に代位した」と為しているが、独断も甚しいというべきである。すなわち吉河証人は裁判長の「本件は警察に応援を求めることはできなかつたのですか」の問に対し「調査については応援を求めることはできませんでした」(四四七丁裏)と答え、更に「鬼怒川会談があつて情報の確度があつて規正令違反、追放令違反の疑がある(中略)時は捜査することが出来るという刑事訴訟法の規定もあるのではないですか」「それはそうです。然し我々の調査は寧ろ捜査に前行するものであり、まづその情報を取上げて情報の有無を調査し一応その容疑が出て客観的な証拠なり資料なりが現れて、これが捜査の端緒として充分な疑があるということが相当濃い時には告発するのであります。(後略)」「そうすると告発する前には警視庁としては手がつけられないと云うことですか」「その点私の方からは御願いしませんでした。警察の立場は私の立場ではありません。手がつけられるかどうかという事は警視庁が自主的に判断してやるならば別問題であります。」「その点証人の方から連絡すべきではなかつたですか」「いや連絡すべきではありません(後略)」(四五一丁乃至四五二丁)と尋問応答を重ね、更に裁判所の同様な発問に対し繰り返し情報の調査と捜査との異る点及び特審局としては捜査上の判断とは全く無関係である旨を供述し(四五一丁乃至四五二丁)(五一八丁裏)ているに拘らず裁判長はその後も「要するに未だ捜査活動の前提としての調査で、捜査活動を開始するまでの疑がある訳ではなかつた訳ですか」と発問し(五二〇丁)既にその発問中に於て本件調査の前提であると決めてかかつている点注目に値するものと考えられる。又吉橋証人は裁判長との問に合法政党たる日本共産党の幹部に対する調査の必要性をめぐる問答のあつた後、裁判長の「党幹部で左様な不届な会合に出席したことに対して規正令の立場から特審当局は日本共産党そのものに対して行政的な調査をする必要がないかということを聞いているのです。(中略)そういう責任者を呼ばないというのは特審局としてはそういう行政目的のものはあとまわしにするという訳ですか」との問に対し「当時として第二に考えておりました」「だから本件の調査活動というものは行政的な問題はあとまわしということでせう、結局鬼怒川会談に於ける元中央委員を中心とする規正令違反ということを調査するのが中心、そういうことになりますね」「規正令違反があつた場合これが直ちに刑事問題とは限らん訳で団体が結成されておれば届出を要するとか或は解散の対象になるということもあるわけです。(中略)特審局としては団体の行政措置をとるというのが目的です。(中略)特審の主たる任務は行政目的で団体等規正令からは直ちには捜査権は出て来ず、ただ告発の権があるだけで、行政措置があの当時の主たる任務でした」と述べ、更に「併し告発に関連した事項については一種の刑事司法的な活動になりますね」との裁判長の発問に対し「私方は司法捜査権は全然ありませんので何処までも行政調査の目的でいつている。その調査の結果犯罪容疑が相当濃厚になり告発に熟したという場合に検察庁に告発の手続をとるということになりますが、必ず常に次の段階に告発ということを考えて調査をやつておるわけではない。本件についても再度申すように行政措置を如何にとるべきかという点を最初の眼目にしてやつたのです」と答えている(七四六丁乃至七四九丁)。裁判長は更に「泥棒したという疑があつてその調べをすることは司法目的ではないですか。規正令違反があつた、それを調べるというのは司法目的で団体の解散云々という行政目的があつてもそれは附随的な目的で規正令の違反があるかないかということを究明する司法目的が第一義的なものではないですか(中略)規正令違反に関する限り特審局が責任を以て調べたのではないのですか」と畳みかけ、これに対し吉橋証人は「団体の行政処分のために調べるというのでやりましたが、そこで違反容疑が出て来れば特審局としては告発すると云うことになります」と繰り返している(七五四丁乃至七五五丁)。前記泥棒の調査論に至つては、こと刑事罰に触れる事柄の調査は如何なる立場よりするも司法目的であると判断するものの如く、反論するまでもなく右設例の場合に於ても例えば監督責任者たる上司が懲戒の目的で部下職員の泥棒を調査することが司法目的でないことは明かであろう。所謂「行政目的」の内容については、吉橋証人も「例えば政治団体が結成されていて届出てないと、これは一つの違反事項になり、左様な場合その団体を調査してそのような事実を発見したときに無届ということに対して行政処分をせずに速かに届出するようにさもないと処罰されるというような警告或は勧奨をするような場合もあります」(九一〇丁裏)と説明している通り、先づ実態調査より始まりその結果勧奨、警告或は解散までを含む一連の行為が所謂行政活動であり、これを切り離して考えることは誤を犯す因ともなる。原裁判所もまた被害法益論として吉橋証人に対し「その団体はまだ結成されたかどうかわからない団体ですから、それが分明ならざる限りは行政処分が必要だといつても条件附の被害法益ということになりますね」と質問して端的にその誤解を表明しているのに対し、同証人は「条項の励行確保というのが調査の目的になるわけです。従つて調査権そのものが被害法益になるわけです(後略)」と応じたが原裁判所は依然その誤解を解かなかつた模様である(九三四丁裏乃至九三七丁)。なお行政調査の場合に於ても証拠隠滅の防止を考え、これに対処することは当然の事理に属し、証拠隠滅なる用語より来る語感によつて司法的調査の領域のみに行われるべきものと判断すべからざることは多言を要しないところである。真実を究明することは単に捜査のみの作用ではなく、当然行政の作用としても行われるものであつて、行政調査機関が真実を究明してこれに対する措置をとろうとする場合において証拠隠滅に留意することは、真実の把握のためにも又対策の実効性を期するためにも当然なすべき事柄である。原判決はまた本件調査の結果予想さるべき解散措置は「もし地下非合法組織が結成されていたならば講じなければならないという仮定的非現実的なものであるのみならず、本来地下非合法組織ははじめから非合法活動を目的とするものであり、合法団体として公認されることを期待するものでないから、これに対し解散指定により合法団体としての存続を認めないという行政措置を講じても、その効果を多く期待し得ないところである。この場合国家目的として重要なことは非合法団体の解散措置よりは寧ろ団体を組織結成した個人の刑事責任を追及することであつたことは容易に了解し得るところである」としている。然しこれは全く原裁判所の事実に基かざる推量以外の何物でもない。所謂公然、非公然を問わず或る組織に対し団体等規正令に基き解散措置が講ぜられれば、その主要関係者は公職より追放せられて政治活動は封ぜられ、右組織の再建は禁ぜられる等極めて厳重な制限下に置かれたものであつて、その実効性については疑の存しないところであり、それは単に違法団体の名称を廃止するのではなく、その実体を解消せしめることを目的とする措置であるから、はじめから公認せられることを期待しない団体だからといつて無意味とは謂えないのである。原判決がこの点の誤解から直ちに本件調査の国家目的として重要なことは個人の刑事責任の追及であつたと結論したのは誤認も甚しいというべきである。次に団体等規正令第三条について裁判長は吉橋証人との間に「若し仮に松本三益が一人だけで三条違反をしたという場合はどうなりますか」「その場合は刑罰になるわけです」「行政目的ではないのですか」「三条は個人の刑事責任という問題になります」(中略)「するとその場合は捜査権と全く少しもかわらないわけではないか」「左様です、個人的な場合は行政目的はないわけです」との問答があつて(九一二丁)第三条違反については全く行政目的がないかの如く判断せられる表現がある。然し団体等規正令はその名称の示す如く団体の規正を主眼とするものではあるが、政党、協会その他の団体も結局は個人の集団であつて、団体を調査対象とする際にも現実に出頭を求め事情を聴取する相手者はその関係者個人であり、従つて同令第二条と第三条とは実際には切り離し得ない関係にあるのみならず、第二条各号の違反がある場合それは単一な個人の行動であることは少く、多くは集団の結成が予想され又将来の問題としてもかかる団体の結成に対処する必要が考えられたのであつて常に必ず団体を対象としていたのが実態であつて、かかる意味からするも単なる一個人の第三条違反なるものは特審局の現実の調査対象ではあり得なかつたのである。従つて仮に第三条の違反を告発するとすれば全く所謂副産物的な結果と謂い得るのであろう。右事情は其の後の裁判長対吉橋証人の問答中にもよく表われているのである。(九一三丁乃至九一四丁表)のみならず、本条に違反する個人は所謂六、六追放指令の趣旨に従い其後日本側に於て公職より追放を指定せらるべき対象となつていた(例、昭和二十五年六月二十八日谷口善太郎氏追放指定)のであつて、同条の調査目的は犯罪捜査のため以外にはないと判断し、従つて同令違反の有無の調査を含む本件出頭要求がすべて司法目的であると推論した原判決は右孰れの点よりするも誤りといわなければならない。以上各観点よりするも原判決は重大な事実の誤認を犯し、殊に重要証人たる吉河光貞、吉橋敏雄に対する裁判所の尋問振りは、前掲各個所にその一端を示した如く全く独断的偏見を以て、強力に自己の考え方に同調せしめんとの態度を示しているものて、過去の経験事実を供述せしむべき証人に対し、裁判所自ら敢て幾多無用の法律論又は仮定論に基く判断等を強要し、その結果得たる証言の不完全なる一部分を事実認定の資料となし証言の骨子を見失つているものであつて、明らかに常軌を逸した判断方法といわなければならない。

第二原判決には法令の適用に誤があつて、その誤が判決に影響を及ぼすことが明らかである。すなわち、原判決は団体等規正令第十条の適用を誤つている。この点についても原判決の理由は必ずしも明瞭ではないが、原判決は「被告人に対して団体等規正令第十条の規定に基く出頭要求を為した法務総裁及びその監督の下に団体等規正令の運用の面を主管した法務府特別審査局が犯罪捜査を担当する国家機関でなく又同令第十条の調査権が一般の犯罪捜査権とその本質目的を異にすることも明らかである」とし且つ又「国家機関が国の行政目的を達成するため法律に基き行政調査のため個人に対し出頭を求め、これに応じないとき刑罰を科することは、なんら憲法第三十三条の趣旨に反するものではない。(中略)何人も自己の犯罪捜査に協力するいかなる義務も負担しないけれども、自己の犯罪捜査を目的とせず、国の行政目的のため必要な調査に協力すべきことを法律によつて課せられるときは、右調査に協力することが自己の不利益に帰する場合においても尚これを拒否し得ない。もしこれを拒否し得るものとすれば行政調査の目的を達し得ず、ひいては行政法規の趣旨乃至は立法目的が没却されるに至るからである」と論じながら、その非捜査機関たる法務総裁乃至は特審局が原判決にいわゆる「犯罪捜査権とその本質目的を異にする団体等規正令第十条の調査権」に基き行つた本件出頭要求に限つてはこれを「実質的に被疑者に対する犯罪捜査のためにするものであつたといわなければならない」と断じている。そもそもかくの如きことが理論上可能なのであろうか。犯罪捜査機関でない一行政庁が「犯罪捜査」をしたとすれば、それは全く違法な行為であつて許すべからざるところである。若しそれその行政庁が法の許す自らの権限に基き調査を為すことが同時に犯罪捜査そのものであり得ると云うに至つては、本来かかる行政庁の存在自体違法であるか、又はかかる法定の調査権限が違法なものと謂わねばならない。すなわち、非捜査機関たる行政庁の調査が如何に外形上犯罪捜査に似ていると認められる場合があろうとも、それはあくまでも行政調査であつて本来の犯罪捜査とはその目的、手続等に於て全く異るものであり、行政調査はついに犯罪捜査たり得ないのである。即ちその目的に於て前者は必要な行政上の措置を適正に行わんがためのものであるに反し後者は刑事訴追をなすか否かを決定するにあり、その手続に於ても前者は各法規に定める方法により所謂間接強制を用いることを認められた場合もあるが調査対象に対する直接強制には及び得ないに反し後者は刑事訴訟法の厳格なる制約を受ける一面捜査の対象に対し直接強制力を及ぼし得るものであり又得たる調査資料を判断の材料とする場合、前者には何等の法的制限はないが後者にあつては伝聞証拠の制限等厳重なる法的制約がある。いづれにしても、行政調査権は捜査権と全く別個独立のものであることは、我が法制上顕著な建前であつて、行政庁が行政調査を行う場合において同一対象に対し、捜査機関が犯罪捜査を行うと否とは行政調査の性格を何等左右するものではない。就中、行政調査権は本件の団体等規正令第十条はもとより国家公務員法第十七条、健康保険法第八十八条等多くの規定の示す通り、その調査の対象が同時に刑事罰の対象ともなつている場合が幾多存するのである。かかる場合、捜査機関が右の犯罪事実を自ら捜査すると否とは、行政調査権の合法性に何等の影響を与えないことは条理に照らし明白である。然るに原判決は前記の如く団体等規正令第十条の調査権は行政調査権即ち行政目的のための調査権と認め且つこれに伴う所謂間接強制による調査の規定をも合憲なものと許容しつつ本件調査(出頭要求)は捜査目的即ち行政目的に非ずとするのである。およそ法律規則の各本条の内容は一般的、類型的に規定せられるのを常とし、従つて生起する社会事象に法規を適用する場合、具体的事案によつてその解釈、適用を二、三にすることはあり得ないのである。本件についても非捜査機関たる特審局が団体等規正令第十条に基き調査(出頭要求)を行う場合、それは正しく行政調査に外ならないのであつて一般的には行政調査と認めながら本件は之を犯罪捜査と認めることは具体的事業により法律の適用を二、三にした違法があるものというべきである。なお原判決は「殊に現行犯でもなく又裁判官の令状を求めるに足りる犯罪の証拠もない事案に於て、その犯罪取調のため捜査機関が被疑者に対し出頭を要求しこれに応じないものとして刑罰に処することが許されるならば、刑事訴訟法第百九十八条及び憲法第三十一条により保障される犯罪容疑者の出頭拒否権は正面から否定されるのみならず、本来の被疑事実について未だ裁判官の令状を求め得ないのにも拘らず不出頭罪の令状により逮捕され、ひいては本来の被疑事実について強制捜査をなし得ることとなり、憲法第三十三条の裁判官の発する令状なくしては逮捕されない権利及びこの権利を実質的に保障する憲法第三十一条の法律の定める以外の自由拘束を受けない権利は悉く有名無実に帰するものといわなければならない」という。しかしこの所論は、不出頭罪の成立を全面的に否定するならば兎に角、原判決の如く行政調査における不出頭罪の成立はこれを認める以上、明らかに論理の飛躍であり判示所論を引き出さんがための推論に過ぎない。本来の被疑事実の捜査と調査に対する不出頭罪とはおのずから別個の被害法益を保護する独立の規定であり且つ又仮に不出頭罪が成立したとしてもこれを犯罪として捜査し令状を求めるか否かを決するのは本来の捜査機関たる検察官又は司法警察員であり又その令状請求に対し、これを発出するか否かを判断するのは裁判官である。検察官、裁判官等は令状の請求発出については固より独自の慎重なる判断により決定するものであつて犯罪成立即逮捕とはならず然もこの犯罪を取扱う機関は別個独立の刑事司法機関であることは説明までもないところである。行政調査に於て所謂間接強制を用うることに特段の弊害を認めず合憲なものと解せられるのはかかる実際上の理由にもよるものである。原判決がこの関係を不出頭罪即ち逮捕と即断し本来の被疑事実の強制捜査をもなし得るとして、かかる間接強制による行政調査を違憲と判断し従つて被告人に出頭義務なしとしたことは論理の飛躍であり又原判決が偶々不出頭罪に対する法定刑が本来の被疑事実に対する法定刑と等しいことは右間接強制と相俟ち被疑者に対する憲法上の権利保障を破るものと判断したことは刑事政策上の問題と法解釈の問題とを混同したものであつて、明らかに団体等規正令第十条の解釈適用を誤つたものである。

第三原判決には憲法の解釈の誤がある。

原判決は本件の出頭要求が憲法第三十三条及び第三十一条の規定に違反するものと判断している。しかしながら、憲法第三十三条の裁判官の発する令状なくしては逮捕されない権利は、いずれも純粋なる刑事司法手続に関する規定である。従つて、既に詳述したとおり、本件の出頭要求が行政目的に出たものであり、ましてやその手続が直接強制に亘らないものである以上、憲法第三十三条の適用を見る余地はない。又、本件の出頭要求と憲法第三十一条との関係については、原判決が一応団体等規正令第十条の効力を認める以上同条の規定に従つてなされた本件の出頭要求は正当な法定手続に従つたものであるから互に矛盾する余地もないと言わなければならぬ。なお、原判決は、刑事訴訟法第百九十八条を憲法第三十三条の規定の反射的内容なりとして本件の出頭要求が刑事訴訟法第百九十八条の規定に違反し、ひいてはそのことが憲法第三十三条の規定に反するという趣旨の解釈をなしているもののごとくである。しかし乍ら、刑事訴訟法の右規定の違反が直ちに、憲法違反なりとする見解はたやすく容認し難いものである。例えば同条の規定に立法論として間接強制を設けるとしても、必ずしも直ちに違憲と断じうるであろうか。これを要するに原判決は、憲法第三十一条及び第三十三条の規定の解釈を誤つたものである。

以上の通り原判決には重大な事実の誤認あり、且つ団体等規正令第十条並びに憲法第三十三条の解釈適用につき誤があつて、その誤は判決に影響を及ぼすこと明らかであるから破棄を免れないものと思料する。

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